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INDY JAPAN 300決勝Report
今季初レースながら11位でフィニッシュ
昨年IRLインディカー・シリーズのデビュー・シーズンを終え、ランキング12位(最高位フィニッシュ7位)、ルーキー・オブ・ザ・イヤー賞次点となったロジャー安川。2004年は心機一転、名門レイホールへチームを移籍。まず、第3戦もてぎ(INDY
JAPAN 300)と第88回インディアナポリス500マイルレース(第4戦)に出場することを決め、事前にテストも兼ねて、ツインリンクもてぎと同じ1.5マイル・オーバルの開幕戦マイアミでの走行を、と考えていたが、その実現はならず、当初は全16戦のうちの2戦のみの参戦することとした。
4月のもてぎ戦を前に、IRLに認められているリフレッシャー・テストを3月末にフェニックス(1周1マイル)で行なった。これはIRL側から特別に認められたテスト(IRLインディカー・シリーズではコスト削減のため、今年から、プライベートテストを制限するようにレギュレーションの変更があった)である。そのテストでは、無事トラブルなしで167周を走りきることが可能。実にこのときロジャーのマシンドライブは前年の最終戦以来のため5ヶ月ぶり。さらに前年のダラーラからシャシーはGフォースへと変更となり、マシンもレギュレーションの変更があったが、名門チームのセッティング能力の高さ、そしてそれを乗りこなすロジャーの適応能力の早さを広く示すものとなった。
前日に行なわれた予選では13番手(22台中)と、走り出しの好調さをそのまま結びつけることができなかったものの、決勝までに、3台体制のメリットを活かし、その予選で拡げられた遅れをばん回すべく、チームとロジャー、ヴィットール、バディの3名の若手ドライバーは互いに情報交換をしあい、No.16
Sammy(Honda/Gフォース/ファイアストン)のセッティングを進め、決勝を迎えた。当日は、朝から青空が広がるいい天気となった。気温は25℃、路面温度は47℃を超えていた。風はレースウィーク中吹き続けた東風がこの日は西風に変わっていた。
全長1.5マイルのオーバル・コースを取り囲むスタンドを埋めた7万6,000人の観衆が見守る中、12時45分、ブリヂストンの渡邊惠夫代表取締役社長によりグリーンフラッグが振られ、今年2年目となるINDY
JAPAN 300がスタートし、ロジャーも順調なスタートを決めた。
200周で争われるレースは、イエロー・コーションの少ないハイペースなレース展開となった。グリーン下でのルーティン・ストップ(燃料補給とタイヤ交換の通常のピットインのこと)となったロジャーの1回目のピットストップは46周目。ターン3-4でマシンが曲がらない症状に悩まされ16位までポジション・ダウンしてしまっていた。このピットストップでマシンの調整をしたが、今度はターン1側-2側のハンドリングが悪化するという苦しい展開に陥ってしまっていた。
レースはポール・ポジションのダン・ウェルドン(アンドレッティ・グリーン・レーシング)が終始安定したレース運びで、ほとんどトップを譲ること無くレースをまとめることとなった。2番手スタートのグレッグ・レイ(アクセス・モータースポーツ)はレース序盤の接触が原因で途中でマシンを降りリタイア。替わって3番手スタートのトニー・カナーン(アンドレッティ・グリーン・レーシング)が2位となった。
ロジャーは2回目のピットストップで、チームの素早いピットワークで2つポジションを上げ、15位に浮上。さらにセッティングの修正を加え3回目のピットストップでマシンの状態をよくすることにも成功し、ようやくレース終盤になってペースアップ。そして他車のクラッシュに巻き込まれることもなく、ロジャーはトップから2ラップ遅れの11位でチェッカーフラッグを受けた。
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